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自由気ままに

愛なんて生易しいもんじゃないのよ

頑張ったね、ゆっくり休んで。

※この文章は、読んでいる方、特に「17日の京セラドーム公演で帰った大倉担を許せないと感じている方」に不快な思いをさせてしまうかもしれません。
お読みになる際はあくまで一個人の考え方だという事を頭の片隅におき、くれぐれもご注意下さい。





ちょうど私が関ジャニ∞のライブに初参戦してから1ヶ月が経った。今日は関ジャニ∞元気が出るLIVEの大阪公演の最終日。いわゆるオーラスだ。昨年開催された関ジャニズムツアー最終日ではダブルアンコ事件(名称は適当)だったり、夏に開催されたリサイタルではキャンジャニ事件だったりと、これまでの事から「オーラスでは何か特別な事が起こる」と考え、これから始まる最終公演の想像をしながらダラダラとTwitterをしていた。
トレンドに飛び込んできた「大倉大丈夫」「腸閉塞」「オーラス」「大倉くん」の単語。
調べたら状況はすぐに分かった。メンバーや大倉の心情を考えると、とても胸が痛んだ。一刻も早く回復して欲しいと強く願ってTwitterで情報収集を続けたのだが、そこであるツイートが目にとまった。

「大倉おらんからって帰る?とか言って帰ったやつ一生LIVEくんな。当たらんかったひとに失礼じゃ。お前らみたいながおるから普通に行きたいひとが当たらんねん」

「なぁ。今帰ってる奴と帰った奴。
あなた達ど~ゆう神経してますか。
大倉くんがいないから帰る??
もういいよ。帰ればその代わり2度とLIVEに来んな。LIVE中に帰ったファンなんか要らない」

彼女たちがどういう想いでこのツイートをしたのか私には想像する事しか出来ないが、きっと彼女たちは関ジャニ∞が大好きで、大倉の気持ちやチケットを取れなかった人の事を考えて、とても純粋な気持ちでこのツイートをしたのだろうなぁ。
メンバーが1人足りないから帰ってもいいなんて事は言わない。メンバーが6人でライブをするという決断をした事に対してももちろん否定はしない。

ただ、「二度とLIVEにくるな」「ファンとして認めない」という発言はあまりにも身勝手ではないだろうか。
というかそもそも、帰った大倉担の子達が「大倉いないなら意味ないじゃん〜帰る〜」といったようにそんな軽い気持ちで帰るという決断をしたわけがないだろうが。自担が苦しんでいるのに自分だけLIVEを楽しむ事はとてもできない、こんな状態で会場にいては他のファンの方の気持ちを下げてしまう。心配で、苦しくて、辛くて、悩んで、考えに考え抜いて出した結論が会場を出るという選択だったのだろう。

苦しんでいる仲間にかける言葉が「ファンをやめろ」だったのだろうか。「一生ライブに来るな」と言われて、その子たちはどれだけ傷ついただろうか。
申し訳ない、後ろめたい気持ちで会場を後にして、そう簡単に拭えない辛い想いをした彼女たちにかける言葉は「大丈夫?」「今日はゆっくり休んでね」「貴方の分まで私たちがしっかり見ておくから」といったようにもっと暖かくあるべきだったのではないか。
大倉やメンバーはもっと辛い、好きだからこそ最後まで見届けるべきだといったような意見ももちろんあると思うが、「そこにいるはずの大倉がいない」という事の辛さは大倉担のその子達にしかわからないだろう。しかもそれが急病によるものだとなれば、心情は想像を絶するものがあるだろう。

そんな辛い思いをした彼女達に、「貴方達の行動は許されざる行為です。eighterを辞めて二度とライブに来ないでください。」と、面と向かって直接言えるだろうか。Twitterや掲示板に書き込むのは簡単だ。他のメンバーの思いを尊重したい気持ちもわかる。ただ、書き込む前に少しだけ考えて欲しかった。泣きながら帰っていった大倉担の子達がどんな思いで帰っていったのか。自担がそんな事になったら自分は心からライブを楽しめるのだろうか。

それから払い戻しに関してだが、関ジャニ∞の中に大倉が含まれていて、ライブのタイトルが関ジャニ∞の元気が出るLIVEだった以上は払い戻しが行われる事は当然と言ってもいいし、それに対して払い戻しを求めるのは正当な権利だろう。これもまたTwitterで「払い戻しをしたら次からチケットが当たらなくなるから払い戻しはするな」といったような最早脅しの意を帯びた書き込みを見た(流石に法に触れるんでないの)。何度も言うが気持ちはわかる。だが私はこの払い戻しは、辛い想いをした大倉担にチケット代を返し、また次のライブで会いに来て欲しいといった想いも込められているのではないかと思う、あくまで想像だが。

私は今日、泣きながら京セラドームを後にした彼女たちを力一杯抱きしめたい。何もできないけれど、やりきれない思いでぐちゃぐちゃになっている彼女達に寄り添いたい。貴方達の決断は勇気ある行動だった、否定する人だけではないという事をきちんと伝えてあげたい。