自由気ままに

スーパーちょろいオタク

大好き宣言

否定的な意見が嫌いだった。だった、というか今もあまり上手く受け止めることができない。

 

中学生の頃、女の子たちの悪口に混ざるのが嫌だった。決して私が良い子だったからではなく、悪口を言っている子達の事を見下して頭が悪いな、と優越感に浸りたかったから。我ながら最高に歪んでいるな、と思う。

 

 

今現在否定的な意見をみて優越感に浸っているかと言われるとそれは違う。では何故受け止められないのかというと、自分の世界を否定されるのが嫌だからに他ならない。私は意見を意見として受け止めるのがすごく下手くそな人間だ。0か100か、白か黒か、好きか嫌いか。すごく小さなところを一つ否定されただけで、今まで自分が貫いてきた「好き」を全否定された気持ちになる。


ただ不思議なことに、これは本当にNEWSに限った話なのだ。普段はこんな繊細に生きていない、もっと能天気な人間のはずだ。ファンは行き過ぎると評論家になるという話を聞いたことがあるが、ぶっちぎりで私が1番行きすぎたファンだ。穏便な過激派ってやつだ。もうファンと名乗るのも申し訳ない、こんな重くてドロドロした感情を絶対に大好きな彼らに向けたくない。だから私は否定的な意見を見たら全部取り込んで、自分の中でグチャグチャに消化して、絶対に外には出さずにその分だけ「大好き」を発信する。めちゃくちゃな事をやっているな、と思うが、不思議と苦しさはなくて、むしろ大好きを伝えられることに喜びを感じている。

 

だからこんなに暗い記事を書くのは今日だけ。明日からはきっとまた今まで通りに出来るはず。


もちろん私だってそれはちょっと…と思うときだってある。でもそれを形にして、誰かに見える形にはしたくはないな、と思っている。
悲しい思い出はいつか小さくなって、私を作る要素の一つになって消えていく。でも言葉にしてしまったらそれはまた別の誰かの悲しい思い出になってしまう。

 

否定的な意見を見ても、精一杯見栄を張って、背伸びをして、まあそういう考え方の人もいるよね、と聞き分けの良い大人のフリをした。
でも本当は悔しくて、泣きたくなって、もしかして私は無意識にNEWSと向き合うことを避けて、都合の良いところだけ切り取って集めていたのではないかと不安になった。
それでもやっぱりNEWSが好きで、NEWSを好きな人の事が好きで、ただそれだけの単純な話だった。この気持ちは絶対に揺るがない。うじうじするのは性に合わない、そもそも空っぽの頭で考えたところでろくな答えがでてこない。なので私はこれからも頭の悪い言葉で「大好き」を伝える係の人でいる事をここに宣言します。