自由気ままに

愛なんて生易しいもんじゃないのよ

愛しの彼に沈む

 

9月12日に、それはきっかけもなく、突然やってきた。
日課のeveryを見終えて、録画チェックを始めようとした時の事だった。
「はぁ……小山さん好き……超愛してる……はぁ……s……」
ハッとした。私は今なんて言おうとしたんだ。「し」のsの字まで口から出ていた。え?しんどい???
部屋で報道番組を見て突然自担に愛を囁き始める事の異常性はこの際無視していただきたい。

 

 

今まではツイッターで自担が好きすぎてしんどい、と言っている人を見ても、「わかるぅ〜〜!!」とはならなかった。 しかしこの時はっきり自覚した。なるほど、これが世に言う「自担が好きすぎてしんどい現象」か。
とうとう自分にもやってきた。小山さんが好きすぎてしんどい。
「しんどい」と言ったらどちらかといえば負の感情のイメージだ。白か黒かでしか物事を判断できない私は、「自担が好きすぎてしんどい」というのは「自担が好きすぎるあまり自担に降りかかる全てのマイナス事象を想像してしまいしんどい」を総括して「自担が好きすぎてしんどい」なのかと考えていた。考えていた、というかそうに違いない、と思い込んでいた。自担の幸せを願うあまり些細なことまで悲観的に捉えてしまう、というならかなり身に覚えがある。なんとなくそんな感覚なのかな、と思っていた。
でも全然違った。「しんどい」ってこんなに奥が深い言葉だったっけ?と驚くばかりだが、小山さんを取り巻く環境関係なしにただ小山さんその人を見ているだけでしんどい。

 

 

「小山さんが好きすぎてしんどい」を自覚してから何が1番変わったかというと、もう本当に小山さんの一挙一動がカッコよく見える事だ。誤解を招くような言い方をしてしまったが、小山さんは元からカッコいい。そんなこと私だって知っている。
私のツイッターを見て下さっている方はうんざりするほどにご存知だろうが、私が小山さんを褒める時の言葉はほぼほぼ「可愛い」だ。もう一度言うが決して小山さんがカッコよくないというわけではなくて、カッコいいより先に可愛いがきてしまうほどに超可愛いということだ。(ここでNEWS担から知っとるわ!っというツッコミが入る)

冷静になって見返すと我ながらちょっとヤベェ奴だな、と思うが常にこんな感じだった。こりゃヤベェや。髪を切っても可愛い、何かを食べても可愛い、喋っても可愛い。お前は女子高生か!ってくらいに可愛いしか言わなかったのに。

小山担になってはや四年、ここにきて小山さんがやたらカッコよく見える。「可愛い」より先に「カッコいい」がくる。無理だ、何が無理なのかよくわからないが小山さんがカッコよすぎてとにかく無理だ。

今、1日経った9月13日のevery.の録画を見ながらこの記事を書いている。しかし、小山さんが画面に映るたびに見惚れてしまうので全く筆が進まず、もう5時台に突入してしまった。一昨日までは、スーツが可愛いだの今日も愛してるだの、呆れるほどすぐツイッターに書き込んでいたのに。どうしよう、小山さんが好きすぎてしんどい。小山さんの事を考えると脳が蕩けてしまうのは今まで通りなのに、今までのように感情を喚き散らす事すら出来ない。I.Qが下がるどころの騒ぎではない、文章どころか単語を考えること出来なくなる。めっちゃしんどい。トキメキ、きらめき、私の目に映る小山さんを私の大好きな言葉達で表現することは出来る。でも私の感情を表す言葉はただ1つ、「しんどい」だけだ。

 

12日、寝る前にふと思い立って、声に出して「慶ちゃん」と言ってみた。3秒ほどフリーズしてベッドに倒れた。トキメキで死ぬかと思った。
ちくしょう、羨ましい。小山さんのことを命をかけずに「慶ちゃん」と呼べる同担達が羨ましい。もう完全に自意識や考え方の問題なのだが気軽に「慶ちゃん」なんて呼べない。そんなに呼ぼうものなら毎回毎回うっかりトキメキで死ぬことになる。自分の貧弱なメンタルと自意識のが憎い。私だって「慶ちゃん」って呼びたい。呼べばいいじゃんバカじゃないのコイツとか思われるかもしれない、確かに私はバカだ、私自身だってそう思う。でもこっちだって死活問題だ。いくらNEWS担には一度死んでまた生き返る魔法があるとはいえ、そう毎日毎日死んでもいられない。ちょっと「慶ちゃん」って字面見てるだけでクラクラしてきた。

 

愛おしい、可愛い、素敵、愛してる、それらの感情は1つも失われていないはずなのに、それを覆い尽くすほどの「カッコいい」の感情。悔しい、自分が足りない。もっと大事に大事に、煮詰めて煮詰めていろんな感情で、いろんな言葉で小山さんの事を愛したいのに。全部持って行ってしまった小山さんのカッコよさが憎い。カッコよすぎてめちゃくちゃしんどい。


小山さんが好きすぎてしんどい=辛いか?と言われたらそれは全く違う。何も辛くないし悲しくない、寧ろ幸福感とトキメキに満ちている。でもこの感情を「しんどい」と呼ぶ以外に名前をつけることができない。小山さんが好きすぎてしんどい。暇さえあれば小山さんのことを考えてしまう。そんなこんなで私は今日も小山さんに溺れている。